「茨城から沖縄に避難した十五歳の高校一年女子生徒が恩師にあてた手紙」(

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    「お元気ですか?私たちは沖縄に移住し、 父、 妹は茨城に残っています。
     私は確実に被爆をしています。症状がかなりでています。主に甲状腺が腫れたり、鼻血、じんましん 免疫力低下などです。          
     自分でもびっくりするくらい体に異常が起きていて、あのまま茨城にいたら、近い将来 死んでいたかもと 沖縄の医師に言われました。

     先生方は公務員ですから、動けないことも、放射能について生徒に教えることができないのもよく分かっています。 様々な情報から真実を知った時、すごく苦しみました。もうすでに何人の人が死んでいるのか、ご存知ですか?私たちの世代が、あと10年後、それよりも早くごっそりいなくなると言われています。     
     
     茨城にいる友達が心配で仕方ありません。ネットを通して、みんなに情報を流していますが、今がよければいいどうせ子供産めないから、うちの親は公務員だから動けないなど将来に対して後ろ向きな考えばかりです。仕方ありません。高校生が事実を知っても、親に言えず、不安な毎日を過ごすばかりです。
     だから その親に一番 放射能の怖さを伝えられるのは教師だと思いませんか? そのためにリスクはかなりあるかもしれません。それでも子供たちは 大人の宝物ではありませんか?今の子供たちを守れるのは大人しかいません。
     
     残念ながら、国は子供の命より経済をとってしまいました。
     もし、将来がんが増えて、国にあの時の放射能が原因だと訴えても 因果関係なしといわれるでしょう。
    原発が爆発したときの「 ただちに影響はない」、 ただちにですよ!
     将来はどうなのかです!
                             
     もし、今までどおり普通に暮らしていれば、将来苦しむことは、はっきりわかっています。
      私は今がよければいいなんて絶対に思いません。
    今なんてどこでもできます。今いる場所によって将来が大きく変わるのです。私はこちらにきてよかったと本当に思います。
     ですが、一番気掛かりは 茨城 関東 東北にいる子供たちの未来。本当に怖いです。誰も悪くありません。誰も責められません。
     しいていうなら、国と東電。私たちは皆 被害者です。
     
     だからこそ、自分の命は自分で、子供の命は親で 守らなければいけないと思います。先生 どうか放射能について真実を調べてください。どうかそれを たくさんの人に教えてあげてください。大事な生徒を守ってください。
    そこからは、それぞれが決めることです。 
     茨城での食生活空気感染に十分お気をつけてください。ありがとうございました。 
     
                     ***
      茨城県より9月に沖縄に移住した 高校一年の女子生徒さんの手紙です。 4月より自転車通学で水戸へ登校。往復で五キロ以上、 雨が降っても、傘ささないで半年近く通いました。体調不良が多くなり、大量鼻水や鼻血、鼻血は1日に、二回から三回ふつうに出始め、首が腫れてのどが痛み、顔にむくみ、胸の上と腕に赤い大きな発疹も出ているそうです。
     ネットを通して、茨城の同世代のみんなに呼びかけているそうですが、そちらから返ってくる答えが「のどが痛い」「鼻血が突然出る」「体が前より疲れやすくなっていてだるい」という体調不良を訴える友達が多くなっているそうです。漠然とした不安を抱えている女の子たちが多いそうで、あきらめにも似た気持ちを彼女へ吐露してくることも多いといいます。
    若い世代の女の子たちの中で、リアルにこうしたやり取りがされていることを知ると、この社会のあり方はどうすべきなのかと思います。
     闘っていくしかないと、僕は思っています。   」


       ( http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/e/a0f32e0d10a294d046a4cb84c7a68d83 )
       

    miwakokurosaj * - * 10:41 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

    「福島県いわき市における菅谷昭松本市市長講演会まとめ」(2011年12月18日 @sasukegsanさんつぶやき編集)

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      「菅谷昭松本市長講演会。
      医師としてチェルノブイリの現場を経験した立場での内容なので、慎重論なので若干ブルー入りましたが、 現実を受け止めなくてはならないね。。。
      前半はチェルノブイリ滞在時の写真スライドにて説明。
      その中でいくつか印象に残った話を...
                   ***

      広大な土地の除染は無理でベラルーシではもう除染してない。
      日本政府も除染は今まだ実験段階。
      過大に評価して期待することは危険。
      2)
      2、3割減ってるだけ。除染じゃなくて「減染」。住民にしたら すべてじゃないと安心安全はない。
      チェルノのヨウ素の汚染マップ→セシウムとヨウ素は同じように動態。日本はヨウ素マップだしてない!だすべき! たぶんセシと同じ動態示してるのかなと考える。
      隣国のポーランドは最悪の事態を想定して初期予防検討 (ヨウ素配布・服用、乳牛牧草全面的に禁止等) 、
      ヨウ素は副作用なし、甲状腺癌増加なし。日本は副作用を気にして飲ませなかった。
      4)
      煽るわけでなく事実を→セシウム沈着マップを比較、 福島のブルーの部分チェルノの軽度汚染と同じ。
      福島市で話をしてもわかってない。
      チェルノの地図を出して比べたら分かる。
      もっと細かくやらないと。
      国行政がマスメディアなどでやらないと! 福島の地図だけみてもわからない。
      5)
      後半は被曝と健康被害について。
      内部被曝遮断には
      1.マスク、ぬれたガーゼ
      2.雪、雨濡れないように
      3.汚染食品避ける。
      セシウムの健康被害はわかってないから、先行のチェルノをみてそうならないように先手をうつ。
      6)
      日本に研修に来たドクターから聞いた話
      「汚染地に暮らす子供、免疫機能低下、貧血、疲れやすい」 産婦人科ドクターの話「ここ10年早産、未熟児、子宮内発育遅延」
      7)
      わからない...分からないから大丈夫、じゃなく、 分からないから過度に心配するより、慎重になったほうがいのが私の考え。 長期検査は安心安全のためにやらなければならない。
      8)
      チェルノのお母さんたち 規則正しい生活させる、 ファストフードじゃなくバランスとれた食事を食べさせてる、
      生活を見直す、メンタル面をケア。 学童集団移住の件、 文科省に汚染地図みせて話してみた、国策としてやってほしい。
      9)
      松本市では行政が早め早めで手をうっている。 行政は市民運動で動かしていくこと、でもやりすぎはいけない、 それでいいよという人もいる。 下を向かないで!
      長期的な検査を受けて何かみつかれば早期発見で治療できる!

                  ***
      ぼへー、疲れた(´ε`)大体以上が内容。あと質疑応答で 参考になりそうな答え、次いってみよー!
                  ***
      (質疑応答の中、抜粋)
      寒天、繊維質類食べさせて放射性物質を出すこと大事。
      (影響が)わからないから慎重にならざるをえない。
      甲状腺癌検査はエコーしかない。
      血液検査(サイなんとかブリン)は 他のことでも上がるので腫瘍マーカーにならない。
      質疑応答)
      フクイチ20キロ圏近く。老人の影響は?→ 一般論だが、チェルノブイリでは30キロゾーン老人戻ってきてる。 病気の話は聞かない。移住してる人より生存率高い。
      メンタル面の安定。老人はあまりご心配なく。 以上。

                   ***
      感想:福島県知事になってください、いや、大臣でもいいです。と心の底からオモイマシタ。
      現地で患者を診てきたお医者さんの立場で、分からないから安全よりに慎重に、という姿勢、どこかの市長、知事、大臣諸々、学んで欲しいす......     」
                  
               
        ( http://honnosense.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/sasukegsan-ed8b.html  )
      miwakokurosaj * 子どもを放射能から守ろう! * 10:32 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

      中村陽子「草のいのち・虫のいのち・人のいのち」ー新連載:こころとからだを科学する『教育と医学』2011年8月号から

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        ”メダカのがっこう”の中村陽子さんの新連載、「草のいのち・虫のいのち・人のいのち」が、『教育と医学』で8月号から始まりました!


        連載タイトル「草のいのち・虫のいのち・人のいのち」


        1.「メダカのがっこうのはじまりはじまり」  2011年8月号

        2.「減農薬の落とし穴」           2011年9月号

        3.「メダカのがっこう自給自足くらぶ」    2011年10月号

        4.「メダカのがっこう”田んぼ生きもの調査隊”」2011年11月号

        5.「佐渡の田んぼにトキが舞い降りるまで」  2011年12月号

              
             まだまだ続きます!

         ご関心のある方は、
         『教育と医学』編集部のある慶応大学出版会にどうぞ。(Tel:03−3451−5665)
          

           
          
        miwakokurosaj * メダカのがっこう(中村陽子) * 11:30 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

        「福幸米」は、いかがでしょう?  東北被災地の田んぼ”ふっこう”のために!

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          <strong> ”福幸”米を 召し上がって、 ”ササニシキ””田んぼの生物多様性”のふっこうのために、ご支援くださいますように!
           ササニシキは、宮城県仙台市平野北部の気候に最も適した品種だったそうですが、3.11の大震災によって、今年の生産量は1%にも満たなかったそうです。

           ”福幸米”は、田んぼと関連する多様ないのちとともに心をこめて育てた、人と環境にやさしいお米です。

           このお米を買っていただくと、田んぼと多様ないのちと、東北の被災者と、召し上がる方々、三方が幸福になるというわけです!


          Fax:0229-39-3212
                 http://www.tohoku-saikou.jp/
           
             
             
            
          miwakokurosaj * 被災地支援ー見えないつながりから見えるものへ * 11:06 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

          ドイツ放射線防護協会会長Dr. セバスティアン・プフルークバイルが、子どもを守るように日本の科学者に懇望の発表ー11月27日ベルリンにて

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            JUGEMテーマ:ニュース

               
             
              ドイツ放射線防護協会の会長であるプフルークバイル博士は、チェルノブイリ原発の石棺の内部に入って調査を行った人物で、ドイツにおける放射線防護の第一人者が、
              日本の科学者に、子ども達を守るように懇意の記者発表をしているというサイトから引用します!

                            ***
             http://d.hatena.ne.jp/eisberg/20111130/1322642242
             2011-11-30
            「 ドイツ放射線防護協会によるフクシマ事故に関する報道発表

             先日のベルリンの講演会会場には主催団体および参加団体のパンフレットやチラシなどが置いてあった。その中にはドイツ放射線防護協会の会長によるフクシマ事故に関しての新しい報道発表もあったので貰って来た。
             重要な内容と思われるので翻訳して日本へ紹介したいと考えたが、この両日は他の用事がいろいろあって私には余裕がなく、在独の親しい友人(翻訳業に従事)に相談したところ、快く翻訳を引き受けてくれた。ありがたく訳文を受け取り、ここに転載させて頂く。

                              ***

             ドイツ放射線防護協会 
             Dr. セバスティアン・プフルークバイル
             2011年11月27日 ベルリンにて

             報道発表

             ドイツ放射線防護協会: 放射線防護の原則は福島の原子炉災害の後も軽んじられてはならない。

             ドイツ放射線防護協会は問う:住民は、核エネルギー利用の結果として出る死者や病人を何人容認するつもりだろうか?

             放射線防護においては、特定の措置を取らないで済ませたいが為に、あらゆる種類の汚染された食品やゴミを汚染されていないものと混ぜて「安全である」として通用させることを禁止する国際的な合意があります。日本の官庁は現時点において、食品の範囲、また地震と津波の被災地から出た瓦礫の範囲で、この希釈禁止に抵触しています。
             ドイツ放射線防護協会は、この「希釈政策」を停止するよう、緊急に勧告するものであります。

             さもなければ、日本の全国民が、忍び足で迫ってくる汚染という形で、第二のフクシマに晒されることになるでしょう。空間的に明確な境界を定め、きちんと作られ監視された廃棄物置き場を作らないと、防護は難しくなります。「混ぜて薄めた」食品についてもそれは同じことが言えます。現在のまま汚染された物や食品を取り扱っていくと、国民の健康に害を及ぼすことになるでしょう。

             焼却や灰の海岸の埋め立てなどへの利用により、汚染物は日本の全県へ流通され始めていますが、放射線防護の観点からすれば、これは惨禍であります。そうすることにより、ごみ焼却施設の煙突から、あるいは海に廃棄された汚染灰から、材料に含まれている放射性核種は順当に環境へと運び出されてしまいます。放射線防護協会は、この点に関する計画を中止することを、早急に勧告します。

             チェルノブイリ以降、ドイツでは数々の調査によって、胎児や幼児が放射線に対し、これまで考えられていた以上に大変感受性が強い、という事が示されています。
             チェルノブイリ以降のヨーロッパでは、乳児死亡率、先天的奇形、女児の死産の領域で大変重要な変化が起こっています。つまり、低〜中程度の線量で何十万人もの幼児が影響を受けているのです。ドイツの原子力発電所周辺に住む幼児たちの癌・白血病の検査も、ほんの少しの線量増加でさえ、子供たちの健康にダメージを与えることを強く示しています。
             ドイツ放射線防護協会は、少なくとも汚染地の妊婦や子供の居る家庭を、これまでの場合よりももっと遠くへ移住できるよう支援することを、早急に勧告します。協会としては、子供たちに20ミリシーベルト(年間)までの線量を認めることを、悲劇的で間違った決定だと見ています。

             日本で現在通用している食物中の放射線核種の暫定規制値は、商業や農業の損失を保護するものですが、しかし国民の放射線被害については保護してくれないのです。
             この閾値は、著しい数の死に至る癌疾患、あるいは死には至らない癌疾患が増え、その他にも多種多様な健康被害が起こるのを日本政府が受容していることを示している、と放射線防護協会は声を大にして指摘したい。いかなる政府もこのようなやり方で、国民の健康を踏みにじってはならないのです。

             ドイツ放射線防護協会は、核エネルギー使用の利点と引き換えに、社会がどれほどの数の死者や病人を許容するつもりがあるのかと言うことについて、全国民の間で公の議論が不可欠と考えています。
             この論議は、日本だけに必要なものではありません。それ以外の原子力ロビーと政治の世界でも、その議論はこれまで阻止されてきたのです。

             ドイツ放射線防護協会は、日本の市民の皆さんに懇望します。できる限りの専門知識を早急に身につけてください。
             皆さん、どうか食品の暫定規制値を大幅に下げるよう、そして食品検査を徹底させるように要求してください。既に日本の多くの都市に組織されている独立した検査機関を支援してください。

             ドイツ放射線防護協会は、日本の科学者たちに懇望します。どうか日本の市民の側に立ってください。そして、放射線とは何か、それがどんなダメージ引き起こすかを、市民の皆さんに説明してください。

             ドイツ放射線防護協会 会長
             Dr. セバスティアン・プフルークバイル   
                     」

             
            ドイツ放射線防護協会の報道発表オリジナル原稿( http://d.hatena.ne.jp/eisberg/20111201/1322719204 )

            放射線防護協会の会長であるプフルークバイル博士は、チェルノブイリ原発の石棺の内部に入って調査を行った人物で、ドイツにおける放射線防護の第一人者だ。以下のリンクはドイツ語の科学ポッドキャストサイトだが、プフルークバイル博士がチェルノブイリ事故とフクシマ事故に関して、それぞれ一時間以上に及ぶインタビューに答えている。
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            miwakokurosaj * 子どもを放射能から守ろう! * 13:17 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

            スモルニコワ・バレンチナ女医(ベラルーシ)の子ども健康を守るお話ー11月27日東京北区の母親との会合でー石田伸子記録

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              石田伸子記
              ( こどもふくしま緊急支援チーム & 子どもたちを放射能から守る全国ネットワーク 福島支援部門 )
               

              「 ベラルーシのゴメリから、スモルニコワ・バレンチナさんという女医さん が来日し、11月27日、北区でお母さんたちとのお話会があったので、お手伝いに行って来ました。

               お話会の傍らでは、3人の医師が参加して健康相談会が行われ、会場は子連れの母親であふれていました。
              東京の母親たちは、同位体研究所や高輪で核種の検出を売りにしてWBC検査を始 めた病院などで自費で(1万5千―2万円)検査を行っており、その検査データ を持って結果について相談しているケースも少なくなかったようです。

               そのデータの中には、子どもの爪を検査した結果、ストロンチウムとウラニウムが検出されたというものもあったとのことです。当たり前といえばそうですが、東京でですよ!
               福島ではいかばかりかと思うと、子どもの検査をしても、「今後70年で0.5ミリシーベルトの被曝にすぎない」などという紙1枚で煙にまくような福島の医療機関の現状は、ほんとうに腹立たしいです。

               この健康相談会に参加した2人の女医さんは、福島の健康相談会にも参加している方ですが、一刻も早く福島の子どもたちに有効な医療的なケアをしなければと焦り苛立っています。

               これに先んじて、中野で医師を対象に長時間の講演もあったそうですが、ここにも30人ほどの医師が参加したそうです。医師とはいえ、放射能についての知識は乏しく、いま必死に勉強しているということのようです。そういう心ある医師たちを中心 に、長期的に子どもたち(と言うとわかりやすいのでそう言いますが、免疫力の低下した高齢者や病者にとっても放射線がどれだけダメージを与えるかという事実もはずしたくないですね)を防護していく仕組みを作ることは喫緊の課題という思いは、それなりに広く共有されつつあるのだと思います。

               相談会に参加していたもう1人の医師は民医連系の病院に勤務しています。民医連の意思決定をしているのが福島市のわたり病院の医師なのだそうで、わたり病院の斉藤医師の方針文書がだされているそうです。低線量被曝の書籍を肥田舜太郎さんと共訳しながら、結局その内容というのは、大量被曝でなければ影響はない、というものだとのことで、いわゆる「下部」は大混乱でもあったようですが、一枚岩ではないとはいえ、今のところはくつがえせてはいない状況のようです。病院によっては、放医研の研究者を招いて放射能の学習会をし、放射能の「安全性」を学習しているようです。

               ベラルーシのスモルニコワ医師には、講演後に食事をしながらあらためてお話を聞くことができました。12月27日がお誕生日で、ちょうど70歳になった女医さんです。
               医学的な説明は、ほぼバンダジェフスキー氏の研究に依拠していました。「むしろ」 低線量地帯に長時間住んでいることが危険ということを話しましたが、年間1msvの外部放射線量はベラルーシではBリスクのグループとされ、女性60歳以下、男性55歳以下のガン、心筋梗塞などによる死亡が顕著に増えているということです。

               ベラルーシは徴兵制がありますが、徴兵可能な人は40%程度に留まり、健康になんらかの問題のある人が半数以上という現状だそうです。また、リトアニアで2008年に開かれた国際会議で、ベラルーシの外科医が、糖尿病によるエソで足を切断した人が4倍になり、若者の心筋梗塞が激増したという報告をしているそうです。


               なお、ベラルーシでは現在、汚染地域の子どもたちには、血液検査(ヘモグロビン、赤血球、白血球)、心電図検査、甲状腺ホルモン検査、尿検査、リンパ腺・脾臓・肝臓の触診、が定期的に行われ、ホールボディカウンターの検査は別の機会に頻繁に行われているそうです。

               ベラルーシではクルマにホールボディカウンターやエコー検査の機械を積んで田舎町を回って巡回検査をしたそうです。それには医師が同乗して、甲状腺の触診を行い、何か異常があれば首都ミンスクの病院に行かせる。
               ベラルーシの外からも、免疫学やら眼科やら、様々な専門家がやってきてこの活動を支援したそうです。多くの医師が避難してしまって(小児科医は12人いたのが5人になっていまったそうです)壮絶な頑張りで乗り越えなければならなかった状況でしたが、こうした専門性の高い援軍が来てくれたことで、大変に勉強になったと言っていました。

               スモルニコワさんは、チェルノブイリの経験をこんなふうに日本に伝えなければならないなんて想像もしなかった(70歳の誕生日を日本で迎えちゃったわけで)、「私たちは福島の架け橋になりたい」と言っていました。

               ベラルーシには実に様々なチェルノブイリ経験のある科学者がたくさんいるので、彼らを日本に呼んではどうか、あるいは、ベラルーシ訪問団を組んで、日本から様々な医療者・科学者がその経験を知る機会をつくってはどうか、と彼女は提案していました。

               食品の安全基準などは日本とは段違いに厳しいベラルーシも、国家としてのスタンスは日本と同じようなもので、「危険」を隠蔽したい。放射線に関する論文を書けば政府のプレッシャーもかかり、テーマを変えさせるということも茶飯事だそうです。金で転ぶ研究者も少なくない。医者は1日10時間働いて月給100ドルです。そういうなかで、彼女たちのような、まともに命を守ろうとする医師や研究者、外部からの援軍が、危機を救うべく奔走してきた、というのがチェルノブイリのその後の軌跡でもあります。
               よもやチェルノブイリ以下となるとは予想だにしませんでしたが、せめてポスト・チェルノブイリレベルを目指して、現在の状況に対峙しなければならないのだと思います。

               関東圏ではこのような「健康相談会」が各地で行われ、少なくない医師が参加しています。ただ、ばらばらに行っているために、統一されたデータとして蓄積されていません。医師が中心になって統一項目をつくるとか、先の爪のストロンチウムなどのデータを行政の対応をよりましにするために影響力を持てるような形で発信するなど、必要かと思われます。

               母親との質疑では、子どもの血便など、体調の異変について質問が出ていました。併せて会場では子どもの尿検査をしたのですが、血液反応が多くの子どもに出ていたそうです。膀胱炎だということです。チェルノブイリ膀胱炎というのがあるのですよね。これが東京の子どもたちの話です。

               実効力のある医療体制は、もはや国にも自治体にも期待することができないとしか思えない今、早急に民間でなんらかせざるをえないということは、論を待たないように思えます。 」


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              miwakokurosaj * 子どもを放射能から守ろう! * 12:01 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

              「直ちに出た健康被害!」−佐藤幸子さん(子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク世話人)ー11月15日「ノーモア・ヒバクシャ・ノーモア・原発」記者会見から

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                 ”「直ちに出た健康被害」−心がバラバラになって引き起こされた精神的被害ー子どもの命を守るのは、政府でないことがはっきりと ”

                  子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク世話人 佐藤幸子

                「 ○ 私は、30年間自然に添った農業をしながら、子ども5人を育ててきました。チェルノブイリ事故後、石油や、食糧が輸入されなくなっても原発が止まっても、生きられるようにと、昔からの知恵や技を自分が受け継ぎ次の世代へと繋ぐ生き方をしてきました。その生活を、学びたいという人々が全国から集まり小さな共同体が出来ていました。
                 今回の原発事故が、それらの全てを奪いました。大切にしてきた農地は、空から降り注いだ放射能のせいで、これまで無農薬で作ってきた安全な野菜を、今年は作ることが出来なくなりました。農民としてこれ程悲しいことはありません。

                 ○ 3月11日を境に、全ての福島県民の生活は一変してしまいました。地震、津波、原発事故三重苦のなか、それでも生きていかなければならない苦しさ。
                 とりわけ、原発による被害は目に見えないだけに、それを受け入れることができない苦しさがあります。去年と何も変わっていない美しい風景の中に確実に存在する放射能は、そこに住むことができないと判断した人と、そこに住み続けようと判断した人の間に、大きな溝を作ってしまいました。本来なら、同じ被害者であるはずの家族が、地域の人々が、思いを共有できないという悲しい現象、心がバラバラになることによって引き起こされた精神的被害、これが「直ちに出た健康被害」です。

                 そして、今後ジワジワと出てくる低線量被曝による被害は、確率が低いからと何の手だてもしない。それどころか、これまで、100ミリシーベルト以下のデータが十分にないと言い、そのデータを集めるため福島県民200万人をモルモットにしようとしているのです。見えないはずの放射能で汚染された福島が、私には戦場に見えます。それはまさに、愚かにも人間が自然を征服出来るかのごとく振る舞ってきた人類と、自然を大切にしたいと考えている人類との戦いの場です。自然豊かな福島「うつくしま福島」だからこそ、見た目には何も変わらない、「美しい戦場」となりました。

                 放射能と、国家権力で子どもの未来を奪ってしまう戦場です。戦場に子どもは居てはいけないのです。戦場の炎の中にいる子どもたちを置き去りにしてはいけないのです。これまでの、経済優先の考えでは、子どもたちを救えないのです。子どもたちを救うあらゆる手だてを今すぐ行わなければならないと思います。

                ○ 原発事故の恐ろしさは日本中、世界中が感じたはずです。それでも尚、原発を止めないばかりか、原発を輸出すると言うこの国は、一体何を考えているのでしょうか。今後、何世代先にも及ぶ影響が出ると言うことをどう考えているのでしょうか。8ヶ月も炎の中に放って置いた政府に期待はできません。

                 子どもの命を守るのは、政府でないことがはっきりしました。このままでは、「未来の子どもたちの命より、目先の経済のほうが大切だと21世紀の大人たちは判断しました」と、将来にわたり人類が滅びるまで、伝え続けて行わなければならないことになるのです。子どもの命を守れるのは、国民です。何が正しくてどうすることが命を守ることになるのか、心の目を見開き一人一人が自分で判断して行動する必要があります。

                 「子どもの命を守る」たったこの一つの願いを叶えるために、福島の親たちは立ち上がりました。全国の人々が福島の子どもたちを守るためにつながりました。あらゆる人々がつながり活動を進めなければならないですし、生き方をも変えなければならないほどの重要な決断をしなければならない時がきたのです。

                 もし、これで原発が止まらなかったら、人類は滅亡への道を進むことになるでしょう。福島から発信された原発事故の恐ろしさが、世界中の人々に伝わり、全ての原発を止めることができるまで、活動を続けなければなりません。
                福島の子どもたちのような悲しみを、もう二度と起こしてはいけません。ありがとうございました。」


                                ***

                [編集部より]HP http://www.tanpoposya.net/
                 さる11月15日、スペースたんぽぽで行われた講演会「低線量被曝の時代を生き抜く」に先だってで開かれた「ノーモア・ヒバクシャ・ノーモア・原発」記者会見(主催:低線量被曝者の会・場所:千代田区有楽町の日本外国特派員協会)での各スピーカーの発言骨子(予め用意された発言内容)を数回にわたって紹介しています。今回はその3回目。
                 (15日のスペースたんぽぽで行われた講演会のDVDが完成しました。
                 配布希望の方はメールでお名前、住所を記載した上でお申込み下さい。領価は1000円です。  

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                miwakokurosaj * 子どもを放射能から守ろう! * 11:47 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

                希望の牧場ー村田淳氏(エム牧場社長)、吉澤正巳氏(希望牧場代表)ーなぜ、牛をいのちを救うのか!

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                     カン首相も閣僚も、農林水産省・環境省の役人も、県の議員も役人も、酪農家や牛・豚・鶏飼育農家にとって大切な牛や豚や鶏を、餓死させるか殺処分するように迫った。
                     その非人道的な言動に対して、異を唱える人々が立ち上がっている。
                         
                                ***

                   http://www.youtube.com/watch?v=hF5u8GRCs1E
                  「決死救命!団結!!」 震災から半年 村田社長&吉沢代表インタビュー
                   
                   福島第一原発の放射能漏れ事故から半年
                   事故直後からこれまで「決死救命!団結!!」の決意で約300頭の牛の命を守り抜いた
                   村田淳さん(エム牧場社長)と吉沢正己さん(希望の牧場代表)のロングインタビュー


                                http://www.youtube.com/watch?v=mLJXG5Hx-7U
                   希望の牧場プロジェクト 経過報告記者会見(2011/10/09) 
                   
                   福島第一原発の半径20km圏内、警戒区域にいまもなお取り残されている多くの動物に、餓死でも殺処分でもない「第三の道」を与えたいという思いから始まった「希望の牧場プロジェクト」。被爆によって経済価値は失ってしまったが、生き続けることに意味があるとして、区域内の動物を保護し、被爆研究に役立てようとする活動です。

                   去る10月9日、自由報道協会の主催で「希望の牧場プロジェクト 経過報告記者会見」が行われ、プロジェクトアドバイザーを務める衆議院議員の高邑 勉氏と、プロジェクトの代表で、モデル牧場である浪江農場の吉沢 正己 農場長から、プロジェクト発足までの経緯や現在までの進捗などについて説明がありました。

                   警戒区域が指定され、政府から家畜の安楽殺が指示されるなか、吉沢代表、高邑議員をはじめとするプロジェクトの皆さんの粘り強い活動が実を結び、ここへ来てようやく、大学など研究団体と市町村の連携によって、動物の保護、被爆実態調査、セシウム除去技術開発などの研究が始まったそうです。現在では日本獣医師会をはじめ、獣医学部を持つ大学、一部の研究機構、民間企業、民間の有志の方々、与野党を超えた議員の理解を得て、活動は広がりを見せているとのことでした。

                   向かって右側がプロジェクトのアドバイザーで衆議院議員の高邑 勉さん、左側がプロジェクトの代表で浪江農場農場長の吉沢正己さんです。

                  「希望の牧場プロジェクト」の活動内容等詳細については、下記を参照してください。
                         http://fukushima-farmsanctuary.blogzine.jp/


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                  miwakokurosaj * 東電福島原発災害を受けた人々の声 * 11:36 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

                  長谷川健一氏ーベルリンでの心うつスピーチ:福島県飯館村前田区長として東電福島原発災害を受けて

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                       夏に、下北沢の小さな会場で、長谷川健一氏のお話を伺いました。彼の使命として、原発のある日本各地でご自身の体験を話してゆくことだと仰っていました。
                       彼は、ベルリンにも行かれたことが分りました。以下のサイトから引用させていただきます。
                       
                       疋田香澄様からご紹介いただきました!
                         「自分と子どもたちを放射能から守る若者ネットワーク」
                         「疎開ネットワーク「hahako」 東京スタッフ」
                         「子どもたちを放射能から守る全国ネットワーク 福島支援部門」

                                    ***
                                
                           http://d.hatena.ne.jp/eisberg/20111127/1322433832
                     【 福島県飯館村前田区長、長谷川健一さんのスピーチ原発事故関連】

                     今日、ベルリンにて、ブント(ドイツ自然•環境連盟)、ドイツ放射線防護協会、ベルリン日独平和フォーラムという三つの団体が共同で「福島県の人びとによる報告」と題する講演会を行った。

                     参加者は120人ほど。日本人もたくさん来ていた。非常に濃い内容だったので、そのすべてをここに記したいところだが、ひとまずは講演者の一人、福島県飯館村前田区区長である長谷川健一氏のスピーチ内容を紹介したい。大変印象深く心を打つスピーチであった。録音機などは持参しなかったので必死にディクテーションした。そのため、100%長谷川氏の言葉通りではないことをあらかじめお断りした上で、内容をできるだけ忠実に書き留めたものを以下に転載する。

                    「 私は、福島第一原発事故のヒバクシャです。私の住む飯館村にプルトニウムが降ったのです。放射能は目に見えませんが、もし見えるならば、私の体は今、ドイツの街を輝かせるクリスマスの飾りのように光っていることでしょう。

                     事故が起こってすぐ、私は原発がおかしい、何かが起こっているのではと強く思いました。そして、新聞に三号機の爆発が発表された3月14日、私は慌てて村役場に飛んで行きました。「原発はどうなっているのですか」と問いただすと、「大変なことが起きている。空間放射線量が40マイクロシーベルトを超えている」という説明を受けました。驚いた私が部屋を出ようとすると、役場の人はこう言うのです。「誰にも言わないでくれ。村長に口止めされているんだ」

                     しかし、私はすぐさま部落に帰り、言うなと口止めされたことなど気にせずに部落の人に危険を知らせました。翌朝、3月15日の朝、6時半に地区の人が続々と集まって来ました。そのとき、外は雨が降っていて、そのうち雪に変わりました。後でわかったことですが、ちょうどその頃、飯館村の放射線量は100マイクロシーベルトを超えていたのです。それを知らせてくれたのはジャーナリストの方です。大勢のジャーナリストが村に来ていたのです。私は、地区の住民に言いました。「外にはなるべく出るな。どうしても出なければならないのなら、マスクをしろ。肌を出すな。外から帰ったら玄関で服を脱ぎ、風呂に入るかシャワーを浴びるかしろ。畑の野菜を食べてはいけない。換気扇を回すな」と。そのとき、北西の風が吹いていました。飯館村は原発からの放射能の風をまともに受けてしまったのです。

                     私は、ジャーナリストをかき集め、訴えました。「飯館村を避難対象にしてくれ。どうか、それを報道してくれ」。しかし、それはかないませんでした。避難を希望する者がいるなら避難してもよいが、村は避難対象にならないと言われたのです。ですから、一部の人しか避難しませんでした。

                     これは公式に発表された村の放射線量です。3月15日の午前6時20分のところを見て下さい。44.7マイクロシーベルト/時と書いてあります。ジャーナリストから知らせてもらった数値は100マイクロシーベルト以上です。なんという違いでしょう。公の発表は正しい数値ではないのです。嘘の報道をしているのです。

                     そして、国や県から、専門家達が次々に村にやって来ました。みんな口々に、大丈夫だ、安心しろと言います。しかし、その少し後に、今度は別の大学の先生のチームがやって来て、村中の放射線量を測りました。先生は「おそろしい。こんなところに住んでいてはいけない。私達が集めたこのデータを村長のところへ持って行ってください。避難しなければなりません」と言いました。しかし、村長は「このデータは公表しないでくれ!」と叫んだのです。村長は村を守ろうとしました。村をゴーストタウンにしたくなかったのです。

                     そのまま二ヶ月半もの時間が経過しました。避難せずに住み続け、子ども達を被曝させてしまいました。その後、村は計画避難区域に指定されましたが、その前日の4月10日には国の方から偉い学者がやって来て、安全だと言っていたのです。それなのに、翌日の11日になると、「危険だ!避難しろ」と突然言われ、村民は怒りました。

                     私は酪農家です。この写真は私が事故後に牛乳を捨てているところです。毎日、牛乳を捨てました。村が避難の対象となったとき、牛は連れて行ってはいけないと言われました。私達は泣く泣く酪農を諦めることになりました。この酪農家の奥さんは、牛が乗ったトラックを「ごめんね。ごめんね」と言いながら追いかけました。そしてこの若者は、東京生まれで、どうしても酪農がやりたくて村へ移住して来た人です。飯館で10年間酪農をやって、ようやく軌道に乗ったとき、それを諦めなければならなくなりました。彼はそれが悲しくて泣いているのです。飯館村では、村人がみんなで力を合わせ、良い村作りに励んで来ました。日本一美しい村に推薦され、認められた村です。その村が放射能に汚染されました。

                     そして、ある日、私がもっとも恐れていたことが起こりました。相馬市の同じ酪農家の友人が自殺したのです。この写真に写っているのは友人が亡くなる前に壁に書き残した言葉です。「原発さえなければ」と書いてあります。「2011年6月10日 1時30分 大変お世話になりました。私の限度を超えました。ごめんなさい。原発さえなければと思います。残った酪農家は原発に負けずに頑張って下さい。仕事をする気力を無くしました」。時期を同じくして、隣の地区の102歳のおじいちゃんも自殺しました。南相馬市の93歳のおばあちゃんも「墓へ避難します」と書き残して自殺しました。こういうことが次々に起きたのです。これからも起こるでしょう。

                     これは7月下旬の私の自宅の雨どいの線量です。27,62マイクロシーベルト/時と出ています。現在、村民はみな避難していますが、我々は24時間体制でパトロールしています。雑草が伸びきって、温室の屋根を突き抜けています。これが今の飯館村の姿です。

                     私は、国が原子力を推進して来たのだから、国は事故の対策をきちんと取ることができるのだろうと思っていました。ところが、事故が起こって、今頃、どうやって除染をしたらよいかの実験をやっているのです。私達村民は、村に戻れるのかどうかもわからない状態です。でもただ一つ、はっきり言えることは、私は子どもや孫を飯館村へは絶対に返さないということです。飯館村の面積の70%は山です。家の周りや農地をいくら除染しても、山の除染はできませんから、山から放射能が移動して来るのです。我々は今から何年か後に、村を捨てる決断をしなければならないかもしれません。可哀想なのは子ども達です。子ども達は飯館村というステッカーを一生背負って生きて行かなければなりません。広島や長崎の被爆者とおなじように、差別を受けることになるでしょう。そんな差別の起きない社会を私達はなんとしてでも作っていかなければなりません。

                     今回このようにしてドイツを周り、私はドイツは素晴らしい国だと思いました。なぜなら、福島の原発事故の危険をきちんと見極め、ドイツは脱原発を決めたからです。それにひきかえ日本という国は、こんな事故が起こってもなおかつ、原発を再稼働するという。それどころか、原発を輸出しようとすらしているのです。そんなことは絶対に阻止しなければなりません。これからは、日本人も声を大きくし、戦っていかなければならないのだと思います
                    。」

                    --
                           http://d.hatena.ne.jp/eisberg/20111127/1322433832


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                    miwakokurosaj * 東電福島原発災害を受けた人々の声 * 11:08 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する

                    TheSatoyamaInitiative 木更津伊豆島プロジェクト 里山から里海へ そして人へ(無農薬米作りを中心に里山環境再生) イディス・コッブの世界を夢見て・ The Ecology of Imagination in Childhood by Edith Cobb 

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                      JUGEMテーマ:健康


                        尾高俊夫様は、イディス・コッブさんの本と論文と講演原稿のすべての翻訳改定版原稿を読んでくださって、ご自身のサイトに、このように紹介してくださっています! ありがとうございます! 

                           「 TheSatoyamaInitiative 木更津伊豆島プロジェクト 里山から里海へ そして人へ(無農薬米作りを中心に里山環境再生) イディス・コッブの世界を夢見て・The Ecology of Imagination in Childhood by Edith Cobb 」


                         
                         
                         
                         
                         

                         リンク にも掲載してあります。
                       (  http://sciencenet.cocolog-nifty.com/kisarazuizushima/2011/06/index.html )
                      miwakokurosaj * 木更津伊豆島プロジェクト * 14:10 * comments(0) * trackbacks(0) * ログピに投稿する
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